作成・発信部署:企画部 秘書広報課広報係
公開日:2007年7月17日 最終更新日:2009年3月1日
報道発表 2007年7月6日
第18回三鷹市文化財講演会 「振袖火事から350年〜神田と三鷹をつなぐ地名・連雀〜」
江戸時代の神田連雀町とは、現在の神田淡路町・須田町界隈にあたり、昔の地名です。
当時、連尺をつくる職人が多く住んでいたことから、連尺町(れんじゃくちょう)の名前が付けられ、連尺町はやがて連雀町の字があてられ、広く用いられるようになりました。
明暦三年(一六五七年)の大火「振袖(ふりそで)火事」の後、連雀町は延焼防止の火除地として土地を召し上げられました。その際、連尺を商う二十五世帯が、遠く武蔵野に代地を与えられ、移住しましたといわれています。
商人から桑や鋤をもち開墾したのが、現在の三鷹市の「連雀」にあたります。
神田連雀町の人々が、江戸から下ったから、下連雀。後に、上連雀ができたとも言われています。 また「振袖(ふりそで)火事」には、紫小袖を羽織った女性が三年連続で亡くなったことを供養するため、その小袖を火の中に投げ込んだ瞬間、突如強風で舞い上がり本郷丸山の本妙寺本堂に飛び込み、それが燃え広がって江戸中が大火になったという小泉八雲の伝説があります。
本講演では、連尺商人の歴史と伝説について話します。
【問い合わせ】三鷹市教育委員会 教育部 生涯学習課 電話 0422−45−1151 内線 3315