スマートフォン版 パソコン版
緑と水の公園都市 三鷹市

作成・発信部署:企画部 秘書広報課広報係

公開日:2009年3月1日 最終更新日:2017年5月22日

画像:三鷹市スポーツと文化部生涯学習課分室(埋蔵文化財収蔵庫・展示室)の写真

埋蔵文化財収蔵庫・展示室

三鷹市スポーツと文化部生涯学習課分室(埋蔵文化財収蔵庫・展示室)

 旧石器時代から近現代まで、市内で発掘された出土品の保存と展示を行っています。市や都の指定を受けている土器や土偶、貴重な石器などを展示しており、地中に眠っていた三鷹の歴史を体感できます。

みたか遺跡展示室(外部リンク)

所在地
新川三丁目7番9号
周辺の地図情報(三鷹市わがまちマップ)(外部リンク)
電話
0422-48-9454
ファクス
0422-71-0434

このページの先頭へ

画像:しんぐるまの複雑な内部構造(拡大画像へのリンク)

大沢の里水車経営農家「しんぐるま」

(画像クリックで拡大 45KB)

大沢の里水車経営農家水車・新車(しんぐるま)

 水車を守ってきた峯岸家の水車の創設は、文化5(1808)年頃。大正8(1919)年に大改造されています。水輪の直径は約4.6メートル、幅約1メートルの「胸掛け式」の大型水車です。
 歯車は特徴的な「寄せ歯歯車」と呼ばれ、水輪の両側に作業機のある両袖型。規模、型式ともに武蔵野を代表する営業用水車であり、精密な歯車や杵構造などがそのまま保存されている例は全国でも珍しいとされています。

 昭和43(1968)年頃に野川の改修によって引水ができなくなり、160年ほどの水力稼働は停止しました。水車は、自然のものを動力源とする工業のはじまりであり、技術の遺産としても貴重な歴史資料です。大沢の里水車経営農家の水車は、平成10(1998)年に、水車経営農家全体に係る旧態保全として東京都による文化財指定を受け、平成21(2009)年には、「旧峯岸水車場」の名称で日本機械学会から機械遺産に認定されています。

 武蔵野では新田開発に伴い水車需用は急激なものがあり、明治末から大正期にかけて最盛期を迎えました。三鷹市内でも11カ所、そのうち6カ所が野川沿いに設けられていました。大沢村の名主であった箕輪家では、峯岸家より早く創設した「宿の大車」とよばれた水車が相曽浦にありました。そのため峯岸家の水車は、より新しいということから、「新車(しんぐるま)」と呼ばれたようです。

 また、明治以降に造られたものですが、天文台正門からやや下ったあたりには、わさび田の水を使った落下式の「羽沢の車(穴車)」がありました。このほか、「くぼの車」と俗称「まんじゅう車」の5つが野川沿いにあった水車です。残念ながら、新車のほかは現存するものはありません。

三鷹の水車「しんぐるま」大沢の里水車経営農家特集サイト

所在地
大沢六丁目10番15号
周辺の地図情報(三鷹市わがまちマップ)(外部リンク)
休館日
水曜日(水曜日が祝日の場合は、その翌日)、12月28日〜1月4日
入場料
100円(中学生以下は無料)
公開時間
午前10時から午後4時

このページの先頭へ

画像:出山横穴墓群第8号墓の入り口付近

出山横穴墓群第8号墓保存公開施設

出山横穴墓群第8号墓保存公開施設

 平成5(1993)年に発掘調査された「出山横穴墓群8号墓」を現地保存し、常時公開している市内唯一の遺跡見学施設。出山横穴墓群で8番目に発見された横穴墓なので、この名称で呼ばれています。

 8号墓は、羨門(せんもん、または、えんもん。墓の入口)に石積みを施し、玄室(げんしつ。遺体を埋葬する主室)はみごとなアーチ形天井を有するなど造形美を誇る横穴墓であり、平成6(1994)年に東京都史跡に指定されました。須恵器(すえき)という7世紀の土器の発見などから、墓の築造もその頃と考えられます。床一面に敷かれた川原石の上に4体が埋葬されていましたが、分析の結果、40代と30代の男性、20代の女性、8歳の小児であることが分かりました。この4体の配置や墓前域(墓前祭を行う墓前の広場)の埋まり方などの検討から、埋葬の順序や方法が見えてきました。4人は家族で、8号墓は一家の墓であったことが想像できます。

 施設に入ると照明が自動点灯し、人骨レプリカを使って発見時を再現した内部や、石積みの羨門がガラス越しに見えます。スイッチを押すことで、音声による解説を聞くこともできます。

公開は午前9時30分〜午後4時、水曜日休館。
アクセス方法などくわしくは、横穴墓保存・公開施設のページをご覧ください。

このページの先頭へ

画像:太宰治の碑。青森県五所川原市産の玉鹿石が置かれている

太宰治の碑「玉鹿石」

太宰治の碑

 太宰治は昭和14年(1939年)から玉川上水に入水した昭和23年まで三鷹に住み、「走れメロス」「草紙」「斜陽」などの代表作を書きました。その作品は、今も多くの若者の心を魅了し、6月19日の桜桃忌には全国から太宰ファンが三鷹を訪れます。

 太宰を偲んで、故郷、青森県五所川原市金木町産の玉鹿石を石碑としました。石碑があるあたりの玉川上水で、太宰は入水しました。

石碑の位置(三鷹市わがまちマップ)(外部リンク)
「太宰が生きたまち・三鷹」特集サイト

近藤勇の墓

 龍源寺(大沢六丁目)本堂裏の墓地には、近藤勇の墓があります。勇は天保5(1834)年、龍源寺近くの宮川家に生まれました。16歳で天然理心流の剣士・近藤周助の養子となります。天然理心流は多摩地方との結びつきが強く、名主・富農層が自宅に持つ小道場によって流儀が支えられていました。こうした道場に勇や沖田総司が出稽古に出掛けており、農民層が道場を持ち、剣を学ぶこと自体、当時の多摩地方の尚武の気風を示しています。

 土方歳三らと京都に上った勇は、新撰組として活躍した後、慶応4年(1868) 年、板橋宿で処刑されました。遺骸は遺族や門弟によってひそかに運ばれ、龍源寺の墓地に葬られたといいます。

所在地
大沢六丁目3番11号 龍源寺内
周辺の地図情報(三鷹市わがまちマップ)(外部リンク)

このページの先頭へ

このページの作成・発信部署

企画部 秘書広報課広報係
〒181-8555 東京都三鷹市野崎一丁目1番1号
電話:0422-45-1151(内線:2133、2134)  ファクス:0422-76-2490

このページの内容に関するお問い合わせはこちらから(SSL対応)

秘書広報課広報係のページへ

あなたが審査員!

質問:このページの情報は役に立ちましたか?

  • 回答が必要なお問い合わせは、このページの作成・発信部署へ直接お願いします(こちらではお受けできません)。
  • 住所・電話番号などの個人情報は記入しないようにお願いします。
  • 文字化けの原因になりますので、丸付き数字などの機種依存文字や半角カタカナは使用しないでください。

集計結果を見る

このページの先頭へ

三鷹市役所〒181-8555 東京都三鷹市野崎一丁目1番1号電話:0422-45-1151(代表) 市役所へのアクセス

開庁時間:月曜〜金曜日の午前8時30分〜午後5時(祝日、12月29日〜1月3日を除く)

スマートフォン版 パソコン版