太宰治と三鷹

太宰ゆかりの場所

「ゆかりの案内板」のイメージ写真太宰治が三鷹の街に残した足跡をたどってみませんか。
市内には19か所の太宰ゆかりの場所があり、そのうち10か所には「ゆかりの案内板」が設置されています。

※地図内の番号をクリックすると説明にジャンプします。

太宰ゆかりの場所のイラストマップ 1 伊勢元酒店跡 現在は太宰治文学サロン 2 野川家跡 3 千草跡 4 井心亭(百日紅) 5 連雀湯跡 6 陸橋(跨線橋) 7 中鉢家跡 8 うなぎ若松屋跡 9 田辺肉店離れ跡 10 太宰横丁 11 玉川上水 12 玉鹿石 13 太宰治旧宅跡 14 井の頭公園 15 松本訓導殉難碑 16 禅林寺・太宰治墓 17 三鷹駅前郵便局 18 美登里家鮨跡 19 三鷹駅
1伊勢元酒店跡(下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1F) ★ゆかりの案内板あり
現:太宰治文学サロン
太宰一家が利用していた伊勢元は、「十二月八日」にも店名が登場します。その跡地に建ったビルの1階に、太宰治文学サロンが開設されました。
2野川家跡(下連雀3-15-15 イル・デ・パン1F) ★ゆかりの案内板あり
野川家跡(現:永塚葬儀社)の写真 現:永塚葬儀社
山崎富栄と親しくなった1947(昭和22)年9月頃から、彼女の下宿先の野川家2階も仕事場にしていました。太宰最後の日、ここから2人で玉川上水へ向かいます。
3千草跡(下連雀3-24-3) ★ゆかりの案内板あり
現:Brillia MITAKA
1947(昭和22)年7月から小料理屋千草の2階も仕事場にしていました。
4井心亭(百日紅)(下連雀2-14-7) ★ゆかりの案内板あり
市の和風文化施設です。すぐ近くの太宰治旧宅の「玄関の前の百日紅」(「おさん」)が庭に移植されています。
5連雀湯跡(下連雀1-11-7) ★ゆかりの案内板あり
当時の連雀湯の写真 現:ホンダカーズ東京中央井の頭公園店
「十二月八日」には、銭湯に妻が長女を連れてでかける場面があります。連雀湯には、太宰一家が通っていました。
6陸橋(跨線橋)(上連雀2-21) ★ゆかりの案内板あり
中央線の上にかかる陸橋に友人を案内することもありました。この陸橋は、1929(昭和4)年に竣工した当時の姿を今も留めています。
7中鉢家跡(下連雀3-43-32) ★ゆかりの案内板あり
当時の中鉢家の写真 現:藤和シティスクエア三鷹駅前
1946(昭和21)年11月、疎開から戻った太宰は、三鷹駅前郵便局のはす向かいに仕事場を借ります。ここで「ヴィヨンの妻」などを執筆。「朝」はこの部屋が舞台です。
8うなぎ若松屋跡(下連雀3-35-8) ★ゆかりの案内板あり
太宰が編集者との打ち合わせ場所にしていた馴染みの屋台でした。品川用水(現:さくら通り)沿いにありました。
9田辺肉店離れ跡(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビル1F) ★ゆかりの案内板あり
現:三鷹の森書店
1947(昭和22)年4月から、「斜陽」を書き継ぐために、田辺肉店のアパートを借りました。この店を舞台にして「犯人」が書かれました。
10太宰横丁(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビルの東側の通り) ★ゆかりの案内板あり
小さな飲食店が軒を並べていて、太宰が通ったことで通称ができました。行きつけの「喜久屋」(小料理屋)が、この通りの三鷹駅近くにありました。
11玉川上水
「ポケットスペース」のレリーフには、玉川上水を「青葉のトンネル」と書く「乞食学生」の一節が刻まれています。
12玉鹿石
太宰を偲んで、故郷、青森県五所川原市金木町産の玉鹿石を石碑としました。このあたりの玉川上水で、太宰は入水しました。
13太宰治旧宅跡
1939(昭和14)年9月から亡くなる1948(昭和23)年6月まで、疎開の一時期を除き、住んでいました。同じ造りの平屋の借家が3軒並んでいました。すべて建て替えられ、路地だけが残っています。
※路地は私道ですので、中に入らないでください。
14井の頭公園
「東京八景」にもあるように、井の頭公園は東京の名所でした。「日の出前」「黄村先生言行録」「ヴィヨンの妻」など多くの作品で、井の頭公園や近隣を舞台に物語が展開します。
15松本訓導殉難碑
1919(大正8)年、麹町区(現・千代田区)永田小学校の遠足の際、落ちた生徒を救おうとして亡くなった教師の殉難碑。「乞食学生」に登場します。
16禅林寺・太宰治墓
「花吹雪」では、森鷗外の墓に言及しています。そのため、没後、太宰の墓は鷗外墓の近くに建立され、桜桃忌が禅林寺で営まれるようになりました。
17三鷹駅前郵便局
太宰が原稿料受取りなどに利用した郵便局です。随筆「男女川と羽左衛門」では、横綱男女川を見たことをユーモラスに描いています。
18美登里家鮨跡
太宰馴染みのすし屋でした。「鷗」と随筆「酒ぎらい」には、「三鷹駅近くの、すし屋」として書かれています。
19三鷹駅
「三鷹駅」が最寄り駅で、その近くの飲食店などを利用していたことは、「鷗」ほかの作品からうかがえます。「新郎」では、三鷹駅前の広場が描かれています。